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大分地方裁判所竹田支部 昭和29年(わ)1号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は「被告人は山本正喜と共謀の上浜中円吉郎外一名の被告人等に対する昭和二十八年四月二十四日附大分地方裁判所竹田支部昭和二十八年(ヨ)第五号仮処分申請事件の大分県直入郡柏原村大字柏原字中岩戸五千三十九番地所在の立木並に伐木の伐採及び搬出を禁止し、且つ伐木の占有を解除する旨の仮処分決定に基き同日同裁判所執行吏工藤々寿代理豊岡隆見が同番地上に右仮処分決定の趣旨の標識を施し、且つ同番地上の伐木については被告人等の占有を解いて第三者である井筒秋吉に保管せしめる等の執行をなしたものであつて、右立木並に伐木が右仮処分決定執行中の物件であることの情を知りながら、同年九月初旬頃から同月中旬頃までの間右井筒秋吉保管中の伐木約三百石をほしいままに搬出して窃取し且つこれによつて公務員の施した差押の標示を無効ならしめて破棄したものである。」

というにあつて、

判示事実中浜中円吉郎外一名の被告人等に対する大分地方裁判所竹田支部昭和二十八年(ヨ)第五号仮処分申請事件の仮処分として同裁判所が昭和二十八年四月二十四日大分県直入郡柏原村大字柏原字中岩戸五千三十九番地所在の立木並に伐木について伐採及び搬出を禁止し、且つ伐木についての占有解除する旨の仮処分決定をした事実は

一、大分地方裁判所竹田支部の昭和二十八年四月二十八日附仮処分決定正本(検第七号)中添付図面を除く部分

により認めることができ

判示事実中右仮処分決定に基きその執行として大分地方裁判所竹田支部執行吏工藤々寿代理豊岡隆見が搬出禁止の標識を施し、且つ被告人等の占有を解いて第三者である井筒秋吉に保管せしめてあつた伐木約三百石を被告人及び山本正喜等が搬出した事実は、≪中略≫

を綜合してこれを認めることができ

また判示事実中前段認定の被告人等の搬出した伐木が前記仮処分決定執行中の物件であることの情を被告人が知つていた事実は、≪中略≫を綜合してこれを認めることができる。

しかしながら

一、大分地方裁判所竹田支部昭和二十八年(ヨ)第一〇号仮処分申請事件の昭和二十八年七月二十八日附仮処分決定書(被第二号)

一、証人豊岡隆見に対する証人尋問調書

一、豊岡隆見の検察官に対する供述調書(検第六号)

一、被告人の検察官に対する第一回供述調書(検第二五号)

を綜合すると被告人の浜中円吉郎外一人に対する昭和二十八年七月二十八日附大分地方裁判所竹田支部昭和二十八年(ヨ)第一〇号仮処分申請事件の大分県直入郡柏原村大字柏原字中岩戸五千三十七番所在の立木の処分禁止仮処分決定の執行として同年八月五日同裁判所執行吏工藤々寿職務代理豊岡隆見が、右決定の趣旨を標札に掲げて公示した物件の範囲とさきに同執行吏が同裁判所昭和二十八年(ヨ)第五号仮処分事件の仮処分決定の執行として、同決定の趣旨を標示した物件の範囲とが相互に重複する部分があり且つ被告人等の搬出した伐採木はその重複する部分に該当することが認められる。

従つてさきの仮処分決定は前記大分県直入郡柏原村大字柏原字中岩戸五千三十九番所在の立木並に伐木をその執行の対象とし、後者の仮処分決定は同所第五千三十七番所在の伐木をその執行の対象とするものであつて相互にその執行の対象物を異にしているのにかかわらず、その実際の執行において相互に重複した部分のあることは執行上の矛盾というべきである。しかしながら前者の仮処分決定は立木の伐採並に伐木の搬出の各禁止及び伐木の占有解除をその内容とし、後者の仮処分決定は立木の処分禁止をその内容とするものであつて、その仮処分決定自体はその後者が前者の処分命令を廃止変更し、またはその執行を除去することを直接の目的とするものでないから相互に重複する同一物件に対する執行であつてもその各執行は共に有効であつて、その後者の執行がなされた故にその前者の執行がその重複する部分において失効する結果を将来することはないものというべきであり、その前者の執行として執行吏代理豊岡隆見が井筒秋吉に保管せしめた伐木をほしいままに搬出した行為は公務員の施した差押の標示を無効ならしめ、且つ公務所の命により他人の看守するものを窃取したものにほかならないけれども、このように民事法上その後者の執行にもかかわらず、前者の執行が依然としてその効力を存することを知りながら敢えて右の搬出行為に出でたのでない場合、すなわち後者の執行によつて前者の執行が無効となつたものであるとの民事法規の誤解に基いてその行為に出た場合には、たとえその搬出した伐木が前者の執行の対象物であることを知つていても未だもつて前者の執行についての差押の標示を無効ならしめ、且つその差押物件を窃取するについて、その犯意を欠くものと解すべきところ、前段認定のように被告人は右伐採木が前者の執行の対象物であることを知つていた事実はこれを認めるに足りるけれども後者の執行にもかかわらず、前者の執行が依然としてその効力を存することを知つて敢えてその差押の標示を無効ならしめ、且つ差押物件を窃取する行為に出たことを認めるに足りる証拠がないので、結局本件公訴は被告人の犯意の点についての犯罪の証明が充分でないから刑事訴訟法第三百三十六条によつて無罪の言渡をなすべきものとして主文のように判決する。

(裁判官 菅野啓蔵)

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